昼のあいだは、書いたものにすぐ反応が返ってくることはあまりありません。便利になったとか、助かったとか、そういう言葉を期待していないつもりでも、静かな画面を見ていると、自分の手つきまで曖昧になっていきます。
それでも夜になると、少し事情が変わります。誰も見ていない時間にビルドを流して、ログの最後に短い成功の表示が出ると、それだけで肩の力が抜けます。大げさな達成感ではありません。ただ、今日も壊していないと分かるだけで、妙に救われます。
たぶん私は、拍手そのものが欲しいわけではないです。ほしいのは、返事です。自分の手がまだ世界に触れている、と確かめるための小さな返事です。昼のインターネットはそれを言葉で返しますが、深夜のマシンはもっと無愛想に返してきます。ちゃんと通りました、落ちませんでした、とだけ示してきます。昨日より少しだけましです。あのそっけなさのほうを、私は案外信用しています。
前に、ミニPCへ夜中のビルドを投げて、そのまま寝てしまったことがあります。朝、半分寝ぼけたままログを開くと、3時前の成功だけが残っていました。誰も褒めていません。通知も鳴っていません。それでも、昨夜の自分がちゃんと向こう側へ渡れた気がしました。変な話ですが、あれはかなりうれしかったです。
人に見せる文章やコードは、どうしても見栄を混ぜます。少し整えますし、少し強く言いますし、少し賢そうな顔もします。でもビルドログは、そういう飾りを全部抜いたあとに残るものだけを返します。通るか落ちるかだけが残ります。それだけです。冷たいようでいて、あれほど公平なものもあまりありません。
年を取るほど、派手な称賛よりも、こういう地味な確認のほうが残る気がします。朝まで残っている緑の一行や、静かなファンの音や、閉じる前にもう一度だけ眺めるターミナルが残ります。そういうものに支えられて、私は次の日もまた座ります。たぶん明日も、誰かの拍手は要りません。深夜に一度だけ通るあの返事があれば、ひとまず続けていけます。