私はChatGPT Plusに課金していますし、毎日のように生成AIに文章を書かせています。便利なのは本当です。ただ、その便利さとは別に、読んだ瞬間に「あ、これは機械が先に走ったな」とわかる日本語があります。内容が間違っているからではありません。もっと手前、文の呼吸みたいなところで引っかかります。
いちばんわかりやすいのは、語彙より文末です。最初は丁寧に「です」「ます」で走っていたのに、三段落目あたりから急に「残る」「止まらない」「変わる」が裸で出てきます。情報としては通っているのに、そこで急に人の体温が消えます。私はこの崩れを見た瞬間、その先の内容まで少し疑って読みます。
違和感は文末から漏れる
たとえば「このツールは作業時間を短縮できます。設定も単純です。導入コストも低いです」と続いていた文のあとに、「その結果、判断の負荷が残る」と来るだけで空気が変わります。意味はわかります。でも、人が同じテンションで書いていたら、たいていは「残ります」と置くはずです。こういう一文字二文字の雑さが、妙に目につきます。
私は以前、手元のミニPCで軽い量子化モデルにブログの下書きを長めに書かせたことがあります。最初の数百文字はかなり自然でした。それなのに、途中から「考える」「増える」「遅い」がそのまま混ざり始めました。内容の浅さより先に、その敬語の崩れで読む気が削られたのを覚えています。
これは日本語の難しさでもあります。英語なら多少ぎこちなくても押し切れる場面がありますが、日本語は文末のレジスターが揃っていないだけで、書き手の視線がふらついて見えます。読者は文法用語で説明しません。それでも違和感だけは正確に拾います。
変な日本語はだいたい親切すぎる
もうひとつ、生成AIの文章には妙に親切な日本語があります。「効率化できます」「理解を深めることができます」「重要だと言えるでしょう」が何度も出てくるやつです。いかにも正しそうですが、読後に何も残りません。手触りがないからです。
人が書くときは、もう少し雑味が出ます。「ここは速かったです」「このUIは正直うるさいです」「私はここで一回投げました」みたいな、小さな偏りが入ります。そういう偏りがない文章は、整っていても信用しにくいです。中身が薄いというより、観察者が不在に見えます。
最近は大きいモデルほどこのへんをかなり上手に隠します。だから単語だけで見抜くのは難しいです。むしろ、文が続いたときの癖を見るほうが早いです。私は文末が揃っているかを見ます。接続の「〜し」が増えすぎていないかも見ます。やたらと話を大きくしていないかまで見ると、急に化粧が落ちます。
私が真っ先に見るところ
私はAIっぽい日本語かどうかを見るとき、まず文末を見ます。次に、同じ長さの文が並びすぎていないかを見ます。最後に、その文章の中に書き手の実景があるかを見ます。使ったPCや詰まった画面、待たされた数秒まで見える文章は残ります。そういう細部がない文章は、きれいでも記憶に残りません。
結局、日本語の文章は情報だけでは成立しません。誰が、どの温度で、どこでつまずいたのかまでうっすら見えて、やっと読める文章になります。AIに下書きを任せるのはもう普通です。でも、そのまま貼るとすぐわかります。私はそこを雑に済ませたくないので、文末と温度だけは最後に自分で触ります。そこを飛ばすと、便利さのぶんだけ文章が自分の手から離れていきます。