設定画面より先に見る場所
週末に Windows の小さなユーティリティを入れ直していると、私は機能表より先に保存先を見ます。設定が settings.json のような形で置かれているだけで、少し安心します。保存先が AppData\Roaming でもかまいません。場所さえ分かれば話が早いです。逆に、UIからもファイルからも中身が見えない道具には、最初から少し距離ができます。
理由は単純です。壊れたときに自分で戻せるからです。バックアップもしやすいですし、別のPCへ移すときも迷いません。設定画面がきれいかどうかより、最後に残るファイルにその道具の性格がいちばん出ると思っています。
所有感は編集できるところから戻る
自分のPCに入れたソフトなのに、中で何が起きているのか触れないままだと、使っているというより借りている感覚に近くなります。最近のアプリは親切そうに見えて、実際には触らせない場所が多いです。設定画面だけ渡されて、裏では触れない SQLite やレジストリに全部を押し込まれると、こちらの判断まで小さくされる感じがあります。
私はソフトウェアくらい自由に触っていいと思っています。解析してもかまいません。通信を見てもいいですし、設定ファイルを直接直してもいいです。自分の所有物なのですから、そこに遠慮が増える流れはあまり好きではありません。
もちろん、設定ファイルが読めれば何でも名作というわけではありません。雑な YAML や意味不明なキーが並んでいるだけで腹が立つこともあります。それでも、隠されるよりはずっとましです。読めます。直せます。最悪なら消せます。そういう道具は、長く付き合ったあとでも変に恨みが残りません。
たぶん私は、便利さそのものより、最後に主導権がどちらに残るかを見ています。派手な新機能より、素直な設定ファイルのほうを信用してしまう夜があります。そういう道具だけが、時間が経ってもまだ自分のPCの一部でいてくれます。